社会課題とすもーるすてっぷ保育園の取り組み
はじめに
すもーるすてっぷ保育園とは
NPO法人Small Stepは「病気を持つ子どもも地域の中で自立できる環境を創る」をミッションとして活動するNPO団体です。同法人が運営するすもーるすてっぷ保育園は、健康な子どもと共に、医療的ケア児等の慢性疾患児の養護と教育を行っています。
2017年から横浜市で活動を開始しました。健康な子どもだけでなく医療的ケア児や慢性疾患児も受け入れる保育園として、保護者やご家族、担当の医療機関、各行政(横浜市、福祉事業者、教育機関)と連携しながら保育を行っています。これまでに延べ70名以上の子どもたちを受け入れてきました。
当園は、「企業主導型保育事業」に該当します。横浜市の認可外保育施設に当たりますが、内閣府主導で児童育成協会の指導・監督を受けていますので、認可園と同等の保育条件で運営を行っています。0歳児〜2歳児クラス、合計12名の小規模な保育園ですので、園児一人ひとりに細やかな対応ができるところが特徴です。
今回は、医療的ケア児を受け入れる保育園の立場から感じる「難しさ」と、その課題に向けた「取り組み」をご紹介します。「一般的な保育園と何が違うのか?」「医療的ケア児の受け入れや毎日の保育のために、当園はどのような取り組みをしているのか?」を知っていただくことで、私たちSmall Stepが実現したい社会の姿に共感いただけたらと願っています。
医療的ケア児を受け入れる園の”少なさ”
たんの吸引や胃ろうなどの経管栄養、人工呼吸器など、医療的ケアが日常的に必要となる児童のことを「医療的ケア児」と言います。厚生労働省によると2019年時点で全国に約2万人いると推計されており、医療の発達を背景に、医療的ケア児の数は増えています。
その一方で、絶対数が少ないこともあり、医療的ケア児を受入れられる園の数が少ないという現実があります。外から見ただけでは疾病がわからないこと、障害の程度・必要なケアがそれぞれに異なることにより、「認知度が低く地域社会で理解を得られていない」「行政や施設側に個別対応する余力がない」といった状況が背景にあります。
すもーるすてっぷ保育園では、開園当時から先天性心疾患に代表される内部障害児や慢性疾患児と呼ばれる子どもたちを受け入れてきました。
その経験から、最初から「受け入れできない」と決めつけてしまうのではなく、状況に応じて提供できるサービス範囲を拡大していこうとする姿勢が、受け入れる側にとって非常に重要であると感じています。行政や各施設の工夫次第で、医療的ケア児にまで提供サービスを広げられる可能性があるのです。
今後、医療的ケア児を受け入れる保育園は、確実に増えていきます。一度に大きく変えるのではなく、小さく広げていくという選択肢を、関係者の方に広く知っていただきたいと願っています。
「保育=託児」ではない
私たちすもーるすてっぷ保育園がどのように「保育」を考えているか、お伝えさせてください。
一般的に保育園は、子どもを預ける場所だと思っている方が多いと思います。しかし預けるだけであれば、それは「保育」ではなく「託児」です。
馴染みのない言葉が並んでいるかと思いますが、関連する法令によると、保育とは「養護と教育」を意味しています。ただ子どもを預かるのではなく、保育園は子どもの健康と安全を守りながら、心身の発達を援助する場であるということです。保育園は「養護と教育」を行う福祉施設であり、「託児所」ではないという認識を一人でも多くの方にお持ちいただきたいと思います。
また、もう一つ「子どもの健康状況により、保育所の入所の選別がなされてはならない」ということも知っていただきたいです。これはつまり、医療的ケアを理由に子どもの保育園入園を断ることはできないということです。
この2つの前提に立った上で、私たちすもーるすてっぷ保育園は医療的ケア児を受け入れ、保育園を運営しています。
医療的ケアに対する個別対応の「難しさ」
病名が同じだったとしても、障害の程度や必要となるケアは一人ひとり異なります。
先天性心疾患という心臓病を例にご説明します。先天性心疾患は、生まれてくる子どものおよそ100人に1人が持つ心臓の病気です。数回に及ぶ手術を繰り返す子や、心臓に負担をかけないよう日常生活に制限のある子もいれば、健康な子と同じように過ごせる子もいる、障害の幅が広い疾病のひとつです。
在園する子どもそれぞれの状況に応じた支援を行うために、一般的な保育園と比べて、以下のような難しさがあると感じています。医療的ケア児が安心して、そして安全に保育園に通うためには、園としてこれらの困難と向き合い取り組むことが必要です。
1. 職員の採用
医療的ケア児の入園時、新たに必要となるケアを現在の職員だけでは対応できないことがあります。
その場合、看護職員などを新たに採用することになりますが、「こちらが来てほしいタイミングで望む資格やスキルを持った人材からすぐに応募があり、スムーズに採用ができた」ということは、残念ながらなかなか起こりません。ニーズが発生したタイミングで新たに職員を採用することに困難さがあります。
加えて、対象の子どもが卒園したからと言って、それまで対応していた職員を退職させることはできません。このような状況から、積極的な職員の採用に難しさがあります。
2.病気の種類と個別の配慮
医療的ケア児の疾患は、幅が広いです。障害の程度や必要なケアは、子どもの数だけそれぞれに違いがあります。例えば、衣類の調整が必要な子、運動に制限のある子、投薬の対応など、朝の登園から降園までほとんどの場面で個別の対応が必要です。
医療的ケアが必要となる子どもに関わる職員全員が「疾患の内容」「必要となるケア」「保育上のリスク」などを理解し、保育の中で「何が最も適切な対応か?」を判断できるようになるためには、どうしても時間がかかります。
担当の医療機関や関連の福祉事業者との情報共有に加え、職員個人での学習や研修の受講が必要です。すべての行動に最適な対応法を定め、職員間で共有してそれを実践するということは、時間と労力が必要になります。
3.医療的ケア児の保育
先ほど、保育とは「養護と教育」であり、子どもの健康と安全を守りながら心身の発達を援助するものであるとご説明しました。
一般的な保育園では、年齢に即した関わりをすることで、子どもの成長を促すことができます。
しかし、医療的ケア児の場合、定型発達から外れることに加え、個別対応があることでケアが優先される側面があります。心身の発達を援助すること、その子の可能性を伸ばすという本来の「保育」まで、十分な支援をすることに難しさを感じています。
また、医療的ケア児は、疾患のない子どもに比べて事故のリスクが高くなります。その疾患特有の「気をつけるべき点」があることや、追加ケアが必要であるがゆえに発生するリスクがあります。
万が一、事故が発生した場合に備えて「事故対応のマニュアル」を個別に作成し、運用する時間と労力も必要です。このマニュアルは作成して終わりではありません。職員一人ひとりが事故対応を身に着け、もしもの場合に備えることが求められます。
4.保護者との信頼関係づくり
慢性疾患を持つ子どもが初めて集団生活に入るときは、子ども本人はもちろん、保護者も不安を感じるのは当然のことです。
「どこまで対応してもらえるのかな?」「こんなことをお願いしたら迷惑かな」そんな不安を持っている保護者に対して、信頼関係をつくるためのコミュニケーションが大切です。保護者も保育園もお互いが安心して話し合える存在になることで、同等の立ち位置から子どもを見ることができるようになります。
保護者からいただく個別の要望については、職員の負荷も踏まえながら対応可否をお答えしています。例えば、気管切開のあるお子さんが「水遊びをしたい」という場合、大きなプールでみんなと一緒に水遊びをすると窒息のリスクが高くなってしまうため、「プールではなくタライを使っての水遊びをしませんか?」とご提案します。実現が難しい要望もありますが、保護者との信頼関係をベースに最善の対応を考えていきます。
医療的ケア児を受け入れる保育園特有の難しさ
看護職に関する「難しさ」
医療的ケア児の体調や症状は、毎日同じではありません。健康で安全な園生活を提供するためには、看護職職員は重要な役割を担っています。医療的ケア児を支える大切な職種でありながら、園で働く中で以下のような難しさがあります。医療的ケア児だけではなく、そこで働く看護職職員についても、適切な対応が求められています。
1.看護職職員の孤立
保育園に保育士は複数名いますが、保育園において看護職は1人となることが多く、気軽に相談できる相手がいません。特に、医療的ケアを行う園では、医療的な判断が難しい場合でも単独での判断とならざるを得ず、責任を問われることもあります。また、園内に医療の知識のある職種が少なく、医療的見地からの意見が通りづらいこともあります。
この課題への対策として、当園では複数の医療職を園内に配置すること、保育と看護の中立に立てる人材を配置することで、看護職職員が孤立することのない環境を整えています。
2.看護師の役割の明確化
保育所保育指針では、保育士の役割を「保育を必要とする子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする」と定めています。しかし、看護師については、目的や役割が明文化されているものはないため、保育園看護師としての目標が分かりづらく、働きにくさを感じる一因になっています。そのため、保育園看護師の業務範囲を明確にすることが必要です。
3.保育士と看護師の給与/業務バランス
保育園の看護師は、主に健康診断や計測などの保健業務、園内の保健指導、マニュアル作りを担うことが多いです。現状の保育園業務の範囲で考えると、保育士と比較して業務量が少ないということになります。
一方で、処遇に関しては、看護師が保育士よりも市場価格が高く、看護師と保育士の業務負荷と給与のバランスが取れていません。
この課題については、保育園看護師の業務範囲をすべての人が納得できる内容にし、それを明示することで不公平感をなくすことができます。
すもーるすてっぷ保育園での取り組み
小さく細やかな「ステップ」を用意
医療的ケア児を受け入れる園だからこその「難しさ」がある中で、すもーるすてっぷ保育園では、受け入れの準備段階から小さく細やかな「ステップ」を用意することで、各課題に取り組んでいます。
医療的ケア児である子ども本人と保護者の不安を減らすこと、そして支援する保育士や看護師にも十分な情報を提供する機会を作ることで、安心安全に過ごせる園生活のために取り組み続けています。
1.見学から受け入れまで
まず実際に来園いただき、保育園を見学してもらいます。
見学後は、園長、保育士、看護師など、役割の異なる職員それぞれと面談を実施させていただきます。保育の提供はできるのか、保育時間や体制などを踏まえて、保護者にご説明を行います。保育が可能な場合「集団保育における合意書」という書面を使用しますが、これには保護者と園での対応内容に関して認識を統一するためのものです。
その他、主治医意見書の取り寄せ、コーディネーターからの情報確認を経て受け入れとなりますが、これらは預ける側である保護者の不安を少しでも減らしながら、受け入れる側である保育園の職員たちに必要な情報を共有する、大切なステップとなります。
見学から受け入れまでのステップ
1) 保育園見学の後、園長、保育士、看護師など、役割の異なる職員それぞれと面談を実施
2) 体験保育を実施
3) 主治医意見書の取り寄せ
4) 医療的ケア児者等コーディネーターからの医療的情報の確認
5) 全職員への医療情報の共有
2.慣らし保育から本保育
慣らし保育は、2時間からはじめます。預り時間数は、子どもの様子や職員の状況を見ながら、無理のない範囲で広げていきます。保護者に付き添いいただき、「日頃どのようにケアを実施されているのか」を職員が見学させていただきます。
2回目以降の保護者の付き添い有無は、子どもの状況に応じて決めていきます。保護者と園のお互いが安心できるまで保護者の付き添いをお願いしていますが、2回目から付き添いなしになることもありますし、2か月ほど一緒に付き添ってもらう場合もあります。子どものペース合わせて対応しますので、ご安心ください。
また、ここからはすもーるすてっぷ保育園の職員全員が一丸となって、その子にもっとも適したケアと保育を考え提供していく段階です。保育中に新たな課題が見つかった場合は、その都度保護者や保育者と相談しながら、対応を決定していきます。保育園から担当窓口となる職員をあらかじめお伝えしますので、保護者はその窓口担当者を介することで園との円滑なコミュニケーションを行うことができます。
また、本保育の段階では、定期的な振り返りの場を設けています。担当保育士と看護師が、保育や医療に関する不安を解消しやすくなる場を作っています。
慣らし保育から本保育までのステップ
1) 保育体験
職員は、保護者が実施する医療的ケアの対応方法を見学します。
2) 慣らし保育〜本保育
保護者の付き添い有無は、子どもの状況を踏まえて決めていきます。
園長・保育士・看護師など、少しずつ子どもに関わる人数を増やしながら、
園の職員が一丸となって子どもの園生活をサポートします。
3) 振り返りの場
定期的な振り返りの場を設けています。
保育士と看護師などが、保育や医療に関する不安を解消できる場です。
3.卒園後、次ステップへの移行支援
すもーるすてっぷ保育園の大きな特徴として、看護師による進級先の保育園での看護支援があります。
すもーるすてっぷ保育園を卒園後、地域の認可保育園でスムーズに保育が受けられるように、それまで一緒に過ごしていた看護師と共に地域の保育園へ移行します。進級先の保育園と当園が業務委託契約を締結することで、医療的ケア支援を進級先の保育園で実施できるようになるという仕組みです。
先ほど、『最初から「受け入れできない」と決めつけてしまうのではなく、状況に応じて提供できるサービス範囲を拡大していこうとする姿勢が、受け入れる側にとって非常に重要である』とお伝えしました。まさにこのしくみは、進級先となる園のルールを大きく変えることなく、医療的ケア児の受け入れが可能となるものです。
進級先の保育園には、その園ごとに保育理念と保育計画が作られています。当園と進級先の保育園が業務委託契約を締結することで、医療的ケア児にとっては、これまで一緒に過ごしてきた看護師から支援を受けることで安心と安全を得ることができますし、進級先の保育園にとっては、現在の提供サービスに大きな変更をすることなく、新たに医療的ケア児を受け入れることが叶います。
看護職職員の配置の工夫
医療的ケア児に対する取り組みと並行して、課題となっている看護職職員の配置についても以下の取り組みを行っています。
- 看護師は、非常勤も含めて複数名を配置
基本的に対応する看護師は1名になりますが、時間帯によって複数名の看護師が園にいる状態を作っています。これにより、看護師同士が情報共有や相談をしやすい環境を整えています。 - 保育園の外との医療職とのつながり
必要に応じて、医療的ケア児に関する業務の相談ができる関係性を築いています。 - 医療的ケア児者等コーディネーターとの連携
医療的ケア児者等コーディネーター以外にも、横浜市、福祉事業者、教育機関など、困ったときには相談できる体制を整えています。
さいごに:医療的ケア児が受け入れられる社会を目指して
医療技術の進歩により様々な健康問題を抱えた人が増加する中で、病気のある人も健康な人と同じ地域社会の中で自立することが求められています。
自立が求められる反面、医療的ケア児の認知度はまだ低く、社会生活の中で周囲から理解を得られずに肩身の狭い思いをしたり、逆に過度な心配を受けることで、社会の側から制限を受けることもあります。
私たちNPO法人Small Stepは、医療的ケア児とそのご家族、医療機関、行政、教育機関などの間を取り持ち、入園・入学・進級・就職などの社会の節目である「ステップ」を小さくする支援を行っています。
この活動を通じて、地域社会の中で育つ病児が増えれば、慢性疾患児、内部障害児、医療的ケア児の認知度も上がり、制度の狭間を埋めていけると考えています。
その実現のためには「ひとりでも多くの人に、医療的ケア児の存在を知ってもらうこと」、「この社会課題に関心を向けてもらうこと」が大切です。医療的ケア児が受け入れられる社会の実現を目指して、これからも病児の自立を支援していきます。
Small Stepでは今後も医療的ケア児の受け入れ推進のためにご協力いただける方、そして職員を募集しております。
医療的ケア児の支援に興味をお持ちの方や、共に成長し信頼のおける職場で働きたい方は、ぜひ下記リンク先より活動にご協力いただければ幸いです。
一緒に医療的ケア児の未来を支えましょう。